週報より

なにか問題があると当事者や加害者、第三者、被害者、被疑者などいろんな名目はあるにしてもどういう風にか関わりが各個人にあります。いまの情報化社会ですべての問題に関わろうとすると大変なことになるでしょうが私たちひとりひとりそれぞれ祈り込んでいくテーマを持っていくと掘り下げて理解したり、洞察が与えられたりしていくことが多々あります。私たちの歩みの中で大切なのは神様の視点に立ってみることです。完全にそうすることはできなくても、イエス様ならこんな時どうされるだろうか?と考えていくだけでも随分と変化が出てきます。私たちには巨大な山のような問題でも上から見ると長い行程の中のひとつの小山に過ぎないことに気がつきます。聖書には決して耐えられない試練は与えられないとあります。自分で限界だと感じていてもまだ道が必ずあることが約束されているのです。このことはすばらしい慰めです。このような視点を楽しい時にも苦しい時にも持つことで自分だけのために生きる生き方から神様のために生きる生き方にシフトしていくことができるのです。私たちは本来自己中心的にできています。しかしそれが成熟すると自分だけでなく他の人のことも考えて行動できるようになります。もっと成熟すると損得ではない神様の御心を意識した歩みができるようになっていくのです。その時一時的にどうしてこうするべきか分からなくても信仰によって様々なアクションをした結果に生まれたものが私たちの身の回りにも多くあります。見えるものだけにとらわれるのではなく、見えないものにこそ価値を見いだしていく歩みをして行きましょう。

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